とよだの腹
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ヘビーローテーション
「人間は足から死ぬ」そうである

この数週間 メシを食ったら歩くようにしている
家を出て駅を通り西口公園をぐるっと回るだけで2~3000歩は稼げる
早足で歩く 息を大きく吸い込み腹いっぱいになったら ゆ~っくり吐く
15分ほど経つと じわっと汗をかいてくる

おぅ 有酸素運動だ

嬉しくなるなぁ
おかげで1㌔くらい痩せた
(つっこむな 確かにオイラの体重での1㌔は誤差の範囲内であるがな 本人が喜べばそれが一番だ)



何故に歩き出したのか
小宮山のバカが 年金の支給年齢を上げるとか言い出したからである
頼みの野村證券は この円高・株安に苦しんでいる 損を出そうが叱責するのは可哀想である
「極楽の年金生活」に突入する前に「段ボール生活」に突入する可能性が増してきた
 (最終手段は 本で一発当て名前を売って「コラム」「講演」「コメンテーター」で日銭を稼ぐだけだが)
まぁ 切り詰めるべきものは切り詰めねばなるまい

医療保険+がん保険<年間支出40万>を ちょいと見直してやろう
と ネット保険相談窓口に申し込んでみた
返事は早かった
「無職のヤツの相談には乗れん!」
そうか プータローは社会的弱者であった 忘れておった

最愛のイオン浦和美園を歩き回っておると 保険相談所があった ネェさんと目が合った
「無職は保険に入れんのかねぇ」
新人ぽいネェさんは 背筋をピンと伸ばして言った
「そんなことはありませんよっ」
そうか

2日に渡り そのネェさんとベテランのネェさん・大ベテランのネェさん・上司っぽいオッサンと
楽しく会話した
結論は ① 医療保険はいい保険だから変えなくていいでしょう
    ② がん保険を変えましょうか (10万近く安くなる)
    ③ 健康診断を至急受けなさい 
    ④ 体重も落としておいたが良いですね
体重を二ケタにして人間ドッグに行くか ・・・で、ある  楽しく散歩しておる






・・・と、ここまでが前段である 今日のテーマは「ヘビーローテーション」であった



最近は日が落ちるのが早くなった
ぐるっと歩き回って駅前広場の喫煙所でタバコをふかしていると 
闇の中 突然大音量でAKBの「ヘビーローテーション」鳴り出したのである
よく見るとフリーマーケットの第2ラウンドが始まったらしい
ヘビーローテーション  そう好きな曲でもなかったが 改めて聞くと元気になる良い曲じゃないか

AKBの代表曲ってなんだろう
売り上げでいくと「カチューシャ」か「フラゲ」か まぁ今度の「風は吹いている」がいずれ抜くんだろうなぁ
一般の人がイメージするのは「会いたかった」なんだろうな
いつがピークなんだろう 今年レコード大賞取ったらそこがピークなんだろうかな
まぁレコード大賞はTBSとエイベックスの私物なので 取らせんかもしらんがなぁ

  大音量のヘビーローテーションはますます元気に佳境に入っている

ふっと大島優子の総選挙2位のコメントを思い出した
名実ともに(人気も実力も)大島が頂点なのに 2位に甘んじなきゃいけなかった大島優子
彼女の言葉には力がある
2位を受け止めた大島は凛と笑顔すら浮かべステージに立った
最初に口にしたのはマスコミにパッシングされた組織票批判に対してであった
批判があることは承知していると述べたあと
「この数はファンの皆さんの愛である 私たちはこれだけ多くの愛に支えられてこの舞台に立っている」
と 真っすぐ正面を見据えファンへの謝意を言い放った
凄いなぁ もうアイドルの言葉じゃないな 立派な世代のリーダーの言葉だなぁ

最後まで「凛」としていた大島が一度だけ声を詰まらせた瞬間があった
去年一位になったので与えられたこの「ヘビーローテーション」に対してだった
   (その後また大島は前田の引き立て役にされてしまう)
「私にとっては大切な曲です」
その瞬間 大島の言葉が一瞬だけ揺れた





  去年の11月1日から今年の9月26日まで 48週間 
  この曲はカラオケランキングの一位を継続したらしい オリコンの最高記録であるらしい
  日本で一番歌われ続けた曲であるらしい

  おそらく AKBの時代が終わったあと 何年か過ぎて人々がAKBを思い出すとき
  代表曲として想い浮かべるのは デビュー曲でも一番売れた曲でもなく

     この「ヘビーローテーション」なんだろうな と思った



タバコを吸い終わったオイラは 夕闇の大音量の中を やおらまた早足で歩き始めた
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まずは ひとつめ
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11月は「メンタルヘルス・マネジメント」「知的財産管理技能士」を受ける

それぞれ1週間の短期決戦で挑む

分かっておる そんなに甘いもんじゃなかろう

ただ1週間しか集中力がもたんのでしょうがない
文章を書き出した頃
北杜夫さんの訃報を聞いちまったんでなぁ
やっぱりオイラが文章書き出したのは「どくとるマンボウ航海記・青春記」に触発されたからだからなぁ



小学校の作文大会で<冤罪の死刑囚が真犯人をかばって死ぬ>小説を書いて 先生方から驚かれたり
中1の時 <学生紛争モノ>書いて親が呼び出し食らったりしていた

(親は「まぁ そういうこと書きたい年頃なんでしょう 普段は普通の子ですから大丈夫ですよ」と
 先生を説得して帰ってきたらしい が、帰ってきた親からは「内容はともかく ウケない文章書くな」と
 叱られた)

しかたない 真面目路線に変更して旺文社の論文(確か米国短期留学を決める論文だったと思う)に挑戦して
熊本代表で東京に行った 
別に海外なんぞ行く気はない では何故応募したのか 最終選考会が東京であったからだ
東京に行くのは初めてでなぁ 嬉しくってなぁ 親が行きたがったので一緒に連れて行った

別に日本代表になる気なかったんで 全体説明会の時
「皆さんは英語好きですか?」の問いに全員が手をあげる中 最前列で腕組みをしておった
「英語嫌いな人?」の問いに一人だけ勢い良く手を挙げて失笑を買ったのを覚えている
隣に座った東京代表の女の子が可愛くってなぁ 小声で「ダメよ英語好きって言わなくっちゃ」と言ってくれて
ポワ~ンとなったのを覚えている
後ろの席で親がアチャ~という表情になっていたのは後で聞いた

当然あっさり落ちて帰ったのだが 学校で待ってたクラスメイト達から「とよだを落とすのは許せん」と
言ってもらってなぁ 海外に行きたくなかったとも言えずに「隣の子が可愛すぎた」と説明したら
なるほど! と皆納得してくれた
親は「旺文社のカネで東京旅行が出来た」と喜んでくれた
そのとき見た東京は 田舎の熊本とは比較にならない大都会でなぁ
「大学は東京に行こう」(いやその頃は“東大”に行こう)と中1で決意した

中2、中3の作文大会は以前書いたように真面目路線だったが 陰では原稿用紙100枚の恋愛モノを書いて
闇ルートで出回ったそれは圧倒的な支持を同級生から受けていた

高校に入ってからは 学校のプールで実在の教師を一人ずつ殺していくミステリーを授業中に書いて回したら
回る先で そのノートにどんどん続きが書き込まれて大河ドラマになっちまった
(授業中そのノートを発見し没収した教師が しばし授業を止め読みふけってしまったとのオチがつくくらい
 面白かったんだけどなぁ 最後ノートどこ行ったんだろう)





  

・・・いや オイラの話ではない

(だいたい 過去の栄光を自慢する年寄りほど手に負えんものはない)

すべて「裏とよだ」の実話である


  裏とよだ は早熟の天才だったんだと思う
  ガキの頃の知能指数ってあてにならんがなぁ ゲーテ並みに高かった
  鼻持ちならんガキだったと思う

いつの頃からか そんな嫌なヤツは世の中の役にたたんと覚醒した (素晴しい友人たちのおかげだと思う)

  何が一番幸福か
  周囲の方々・世の中の方々から崇められる地位と名誉やカネを手に入れることか
  いやぁ違うなぁ
  好きな人達を笑顔に出来ることが 実は結局一番幸福なんじゃなかろうか

どうも天才の発想って よく分からんことが多いんだが
裏とよだは 何かそこらへんに気づいて引っ込むことにしたらしい
「凡庸の輩」の典型のような「表とよだ」に主導権を完全に委譲した
「表とよだ」の「人間が好きで好きでたまらない」っていう これもまた異常な性格が気に入ったようだ


どっちが良かったんだろうなぁ

ただ オイラ(=表とよだ)が家族を持つことを諦めて 
人生の最後くらい 天岩戸に引っ込んだ裏とよだと付き添って生きてやろうと思ったのが
退職の一番の理由だった



分からんだろう すまない
北杜夫
    北杜夫さんが亡くなった



初めて「どくとるマンボウ航海記」を読んだとき ひっくり返った記憶がある


  こんな文章を書いていいのか


読書量が圧倒的に足りていないガキの頃の話である
しかし50余年 読書を趣味としてきた現在でも「どくとるマンボウ航海記」を読んだとき以上の驚きはない

  当然 北杜夫の文章には足下にも及んでいないのだが 比較するのも不遜すぎることなのだが
  オイラの文章に一番影響を及ぼしたのは氏の文章である

小説という高貴な創作物において これほど自由な文章を書いていいのか   いや
文章ってこんなに楽しくって良いんだ という脳天を割られたような衝撃を受けたガキの日を思い出した



北杜夫さん

貴方のまったく知らない一読者は 

貴方の教えてくれた 

文章には宇宙の広さほどの自由があり 人間を思わず笑顔にしてしまうほどの力があることを

貴方の訃報によってまた思い出しながら このブログを書いております




   合 掌



ラジオ
車で旅をする


知らない街を訪れる時 必ずAMの民放ラジオを聴きながら走る
街ごとの地方ごとの 空気っちゅうか色っちゅうか趣きがある


  数年前 長野を走っている時 「長野県縦断駅伝」を延々と流していた
  市・郡単位の15チームでその地方出身者が走っている
  長野市や松本市が圧倒的に強いかと言うとさにあらず 郡も結構強い

  ほぉ と思ってついつい聞き入ってしまったが こりゃ長野県は駅伝強くなるなと思っておったら
  都道府県対抗駅伝で 2004年~2009年の6年間で5度も長野は優勝した

  「裾野が広い組織は強い」が持論であるが 決して47都道府県の中で人口が多いわけでもない長野が
  それだけの実績を残しているのは この市町村対抗駅伝で駅伝人口の裾野を広げているからなんだろうな



知らない街を訪れる時 必ず中心街の「本屋」にも行く
どういう本のラインナップをしているのかで街の空気が見える


  大阪なんば の本屋に入ったとき真ん中に 千原ジュニアの本がど~んと積まれていた
  東京でそこそこ売れ出した頃だったが 大阪の吉本を大事にしている空気に感動した

  島根を走った時 時の出雲市長 岩国哲人の本が何冊も並んでいた
  ほう と思って何冊か買ってホテルで読んだ 「木を大事にしたい」という公約に
  樹木を通じて(その街の一番の色を通じて)出雲を活性化しようという彼の政治の糸口が見えて面白かった

  松本の本屋には哲学書が多かった
  霞ヶ関の本屋には官僚モノが多かった
  札幌の本屋では大泉洋の本がそれはそれは大切に扱われている



知らない街を訪れる時 その街の「勢い」を感じるようにしている
特にふたつの街が競い合っている場合は面白い

 
  数年前 全国を走った時には 静岡<浜松 長野<松本 浦和<大宮 といった感じで
  県庁所在地より第二の都市のほうに勢いを感じたが 最近走るとなぁ
  県庁所在地のほうに勢いを感じる なんなんだろうな





いかん いかん ラジオで書き出したのに 話が別の方に走っとる 
今日のタイトルは完全に「知らない街を訪れる時」だなぁ
まぁいいか 深夜に書くと かようなことがよくあるものである
(皆さんも深夜にラブレターを書いて失敗したことが多々あられよう)




    明日「ラジオ その2」で今夜書きたかったことを書く 







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とよだ

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ダイエットなんぞ 始めてはいない!



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