とよだの腹
今年のNO.1 第6部 「今年の言葉大賞」
もう一月も終わろうとしている
が、 これを書いた日付は12月31日なのである
すまない 「今年のNO.1」と銘打っている以上 去年中に書き終えねばならぬのを今に至っている
(ちなみに第4部以降は2013年の執筆)

オイラが一番こだわっている「今年の言葉大賞」を書き終えねば2012は終わらない



そうこう言っているうちに 大事件が発生してしまった
そうアルジェリアのテロである

日本企業にいた者として 穏やかではない 沈痛な思いだ
現地で犠牲になられた方々のことを考えると涙が出てくる
さぞや恐怖であったろう さぞや残念であったろう

それにしても日揮と言う会社は凄いと思う 成熟した大人の会社だと思う
広報を務められた部長さん 常に冷静な対応であった
自分が広報部長なら あのギリギリの局面であの対応が出来ただろうか いやオイラには無理だ
ガキのマスコミが「日本人の安否がすべて判明しましたが」の問いに
「日本人だ 外国人だ ではありません  私どもは全ての社員の安否が判明するまで全力を尽くします」
と答えられていた
まだ安否不明の外国人社員の方がおられるのである
国籍ではない 大事な「仲間」たちの安否を この悲痛な状況の中まだ尽くされておられるのだ
マスコミはなんて薄っぺらい質問をするのか

今回の対応で驚いたことがあった
社長さんが自ら現地に行かれたことだ
最近の権力者は 自分を安全なところにおいて事に当たる

福島の原発事故の時もそうだ
吉田さんに任せっぱなしで安全な東京から指示をしていた
清水社長に至っては寝込んでしまったではないか

まだ 何があるか分からん状況の中で TOPが一番危険なところに行く
素晴らしい本物のリーダーであるし 日揮は本物の会社であると思った
せっぱつまった会議でどういう議論があったかは知らん
ただ川名さんは おそらく こう言ったんだろう

    「自分が行く!」

2012 いろんな素晴らしい言葉に触れてきた が 肉声は聞けないが この言葉の前には
全部吹き飛んでしまう

そして それ以上に凄いと思ったのが 現地で死地に直面した社員の方が 仲間の方々の安否を確認するために
現場に戻ると言われたこと
死の恐怖に直面した場所である 精神的に病んだ方もおられたという恐怖の その場所に
仲間のために戻ると言われたという
仲間のご家族のために戻ると言われたという





2012のいろんな名言を書きたかった
でも 2013年の この悲しい悲しい事件の中で見えてきた この仲間を思う 凄い男たちの発したであろう
正確な語句は分からない言葉を 一番すごい言葉 とさせていただく

   「私たちも行かせてください!!」
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今年のNO.1 第5部ー② 「世話になった方々」(その2)
いや おにぃちゃんの話だけで力尽きてしまった
おネェちゃんの話も この第5部で書かねばならない

石和温泉の健康ランドにマッサージをしてもらいに通っていることは度々書いている

毎月1回3時間 とっても優しい気持ちにさせてくれる ピカチュウ似の中国産のおネェちゃん
彼女と最初に出会ったのは もう2年以上も前のことだっただろうか
ピカチュウ体型で(つまり丸型で)クリクリした目でニコニコニコッと笑って たどたどしい日本語の
その子は 最初は10代かな と思っていた

一生懸命なのである

中国の東北部(旧満州地域と言った方が分かりやすいか)出の頬がほんのりと紅い おネェちゃん
(以降名前を取って「R」と呼ぶ)
まさしく 3丁目の夕日 のように 夢を追って寒村から働きに出てきた子Rちゃんは 小さい手ながら
とにかく痛いくらいに一生懸命揉んでくれる

  お客さんに喜んでもらいたい
  みんなに認めてもらいたい
  「居場所」 そう 存在を容認してもらいたい

故郷から一人で日本に来たRちゃんの強すぎる指圧から感じられたこと
それは 夢を求めて日本に来たRちゃんの「覚悟」であった


ただ あまりにも日本語が下手であった

お客さんから「あの子は強すぎる」とクレームがスタッフに入ったそうである
直接本人に言えばいいんだが どうもコミュニケーションできんと思われたんだろうなぁ
当方 強いマッサージは大歓迎である 強い方が効く と思い込んでいる
無論 2回目以降 彼女を「指名」することになる
そして彼女とたくさん会話してやろう と思う
語学なんて慣れなのである
彼女がお客さんと恐れずに会話できるようになれば 彼女の思いは伝わるであろう

「イタカッタラ イッテクダサイネ」
「大丈夫 痛い方が好きだからね」
「デモ イタカッタラ イッテクダサイネ」
「我慢する」
「ガマン デキナカッタラ?」 
「我慢できなくなったら・・・ 泣く」
彼女はケラケラっと笑ってくれた
「トヨダサンハ オモシロイネ」


  彼女の「居場所」を作ってやらねばならない


彼女の語学力には どの単語・どの言い回し が通用するのだろう
顧客・上司・友人・家族・ガキ・ジジババ・・・ およそ日本人に対しては かなりの精度で
意思疎通できる自信はあった
だが 文化・生活・国籍・生きてきた歴史が全く違うこの子に 
受験の際より脳みそをグルグルと酷使したのは事実である
(ただ 10分もするとマッサージの気持ち良さにすぐ熟睡してしまっておったが)

何回かすると 彼女はオイラの顔を見かけるだけで飛び上がって喜んでくれるようになった
なんとか通じていたんだな

日本に行けるが決まってから1ヶ月 彼女は日本語学校に通って一生懸命勉強したらしい
「ワタシハ アタマガ ワルイカラ・・・」
いやいや こんな難しい言語 1ヶ月で話せるわけなかろうが

「ネェ ドウシテ トヨダサンハ ワタシノコト シメイシテクレルノ?」
難しい質問だなぁ 彼女に伝わるようなニュアンスの言葉って何だろう
これかな      答えた

  「仲良しだから」

彼女はしばし黙った  ん  表現間違ったかな

しばらくして彼女は小さな声で言った
「コレカラモ・・・ナカヨクシテネ」

おぅ 了解した




足のツボだけで疲れている場所が分かるそうである
ある日 所定の時間が終わったあとRちゃんはリクライニングを起こしながら
「スコシ マエニ イッテ」と言う
背中に回りこんだ彼女は それから20分くらい ずっと肩を揉み続けてくれた
(無論 ルール違反の無償行為である)

子供を持てなかったオイラは 不覚にも
そう 不覚にも
実の娘が居たら こんな感じなのかなぁ と 幸福な錯覚に陥ってしまった


   この子の「居場所」を作ってやらねばならない


60分からスタートしたマッサージ時間は 80分・100分・120分と延び 
現在は月1回190分がお決まりのパターンになっている



今年は度々事件があった

Rちゃんは頑張りすぎて腱鞘炎にかかってしまった
数週間後 復帰した日に 
彼女の小さな手のひらを両手で包んで「無理しなくていいからね」と告げた
彼女は少しびっくりした顔になって
「ゴメンナサイ ワタシノテハ キレイジャナイカラ」と言う

彼女の手には大きな“タコ”がある
ずっと 一生懸命仕事してきた証であるマッサージダコである
同年代の子たちのスラッとした綺麗な指に対してコンプレックスがあるという

 プライドを持てよ
 プロの 仕事ができる証明の とっても綺麗な指じゃないか
 とっても素敵だと思うよ

風の谷のナウシカで村民が言った「でも姫様はこんなわしらの手を好きだと言ってくださる
働き者の手だといってくださる」のセリフをパクッた感はあるが
本当にそう思ったのでしょうがない 許してもらおう


ある日 枕を敷くか と問われたので おぅそれは有難い と応えた
彼女はフカフカの枕を準備してくれた なかなか気持ちが良い どうした?と聞くと
エッヘンと言う顔になり「ニトリ デ カッタ 」と言う
彼女において最強の日本ブランドは「ニトリ」であり「ユニクロ」である
中国へ帰るときはご両親や姉さま方に「ユニクロ」の服をお土産に買って帰るそうである
ご家族はユニクロを見て娘が妹が日本で頑張っていることを知り涙を流されるそうである

今年の夏も里帰りした
そのさなか あの反日暴動が勃発する

帰ってこれんかも知らんな

ちょいと不安になる
中国政府は ご家族は 渡航を許さんのではないか

果たしてひと月後 彼女は帰ってきた
「いやぁ 帰って来ないかと思ったよ」

「ワカッテ ホシイ コトガアル」
ん?
「ニホンノ テレビノ ホウドウハ オカシイ」
ん ん?
「アレハ ホントウニ イチブノ ヒトタチダケノコト
 ワタシノフルサトデハ ナンニモナカッタ
 ミンナ ニホンノヒトガスキ ニホンノオミセガスキ
 ゼンブノ チュウゴクジンガ ニホンヲ キライダトハ オモワナイデ」

日本に帰ってきたら みんなの目線が違ったそうである
彼女が中国人と分かって 公然とチェンジを申し出た客もいたらしい
とっても悲しい思いをしたらしい
でもしょうがない 中国人は日本に対してひどいことしたから と我慢したらしい


外交が難しいのはよく分かる
でもなぁ 我々は永遠にお隣さんなのである 仲良くするのが一番良い
最初の一番小さな一歩かも知らんがなぁ
この子が「日本に来てよかった」と思ってもらえるようにしてあげたい
そんな輪が広がることが 実は一番こじれきった日中関係を改善していく直線コースではなかろうか

「俺たちは仲良くしような
 それぞれの中国人と それぞれの日本人が 仲良くすれは
 最後は国と国は仲良くなるよ」

彼女はあの笑顔を見せて答えてくれた
「ウン ソウダネ」





今年世話になった人 女性代表はこの子である
子供が持てなかったオイラに「実の娘が居たらこんな子だったろうなぁ」と疑似父親感覚を
持たせてもらった感謝は尽きない


「ネェ ナゼ トヨダサンハ ワタシノコトヲ ソンナニ ワカッテクレヨウト スルノ?」

ウトウトとしていると 突然そんな質問が飛んできた
仲良しだから と答えときゃ良かったんだろうがなぁ 頭が働いてなかったからなぁ
ウダウダと 
昔 お偉いさんをしていたこと  
その時に彼女くらいの年代の子を部下にたくさん持っていたこと
リーダーにとって 一番大事な仕事は部下の方々のことを理解して差し上げること
何故なら その方々が伸び伸びと楽しく仕事ができる環境が作れたら
その方々も組織も幸福になれることを体感してきたこと
などを述べた

彼女の期待する応えではなかったのだろうなぁ

「トヨダサンハ アタマガ イイネ」
そう言われた

困った

称賛なのか 皮肉なのか 怒りなのか よう分からん
もしくは 客の言ってることが分からん時 一番受け入れてもらった返事が
「頭がいいですね」
だったのかも知らん
オイラ 女性には弱いのである 女性の感覚が分からんから多くの恋に破れてきた男なのである

「そうさ 俺は 頭が良い」

おそらくは間違った返事なんだろうが しょうがない
正解が分からんのである

でも そこで彼女は初めてケラケラっと笑ってくれた

「トヨダサン オカシイヨ
 ジブンノコトヲ ジブンデ アタマガイイッテ イッチャ イケナインダヨ」


ハイ そうですね 失礼しました
今年のNO.1 第5部 「世話になった方々」
どうしよう 箱根駅伝まで終わってしまった
2013年もあっという間に ズンズンと進んで行っている
しかし
2012年 今年のNO.1 あと2話書きたいのだ

よって このブログも作成日時を12月31日にする 許して欲しい



第5部は趣向を変え「世話になった方」を綴っていきたい

プータローは社会との接触を断っても生きていける仙人のような暮らしが可能である
今年 オイラを社会との接触に引きとどめてくれた恩人が二人いる
32歳の青年と29歳の女性である
いや青年と女性って言ってもなぁ 実の子供のような年代の方々なんでなぁ
敬意をもって おニィちゃんとおネェちゃん と言った方が良かろうか
(ビートたけしが使っているようなニュアンスな)



おにいちゃんは日本の金融業界の雄 N証券の若きエースである

  N証券と言ったらすぐに分かるか
  あ いや 日興もNであるな

オイラとN証券の付き合いは 退社の頃に遡る

所属を「無職」としただけで 手のひらを返したように
冷酷な対応に切り替わった日本の金融機関 特にメガバンクと呼ばれるヤツら
彼らの本来の使命は 経済の血液=カネ を循環させ 経済を支え企業を育てることではないのか
彼らは自己資本比率の拡大と言う呪縛にとらわれ 人間を信じずにカネと不動産(担保)しか
信じん輩に成り下がってしまった
(日銀がいかに紙幣をジャブジャブ刷ろうが 銀行に留まって我々のところに降りてこないだろ)

「無職です」というオイラを唯一拾ってくれたのが N証券のオバちゃんであった
いろんな話をしてる中 オバちゃんが言ってくれた

  「わたしがあなたのファイナンシャルプランナーになってあげる」 と言う言葉

その言葉の恩返しをしなくちゃな 
それが この2年間 オイラを貫いている思いである

オイラは全財産をN証券に預けた
条件(投資方針)を ふたつ告げた
1.5%10%増やそうとは思っていない 1年後に1億円にしてください
2.支店の手数料収入の1割を占める存在になりたい ひたすら売買を繰り返してください

とんでもない客である

5%増やすだけだったら 確実に増やしていただけたであろう
ただ ハイリスク・ハイリターンを要求し続けたせいで 財産はどんどん目減りしていった
いや全財産スッても良いと思っていた 投資とは博打である
オイラは株に賭けたのではない オバちゃんとN証券に賭けたのである
外れたら オイラの目が足らなかったということに過ぎない
オイラは自分の「目」に異様なまでの自信を持っている
それが外れたら それはしょうがない
段ボール生活も楽しそうである と腹をくくった

そんな時 1年目が終わる頃 本社から支店に転勤してきたのが おニィちゃんであった

担当引き継ぎの際 担当のお兄ちゃんが
「とにかく頭の良い人です。我々は分からないときは いつもこの人に相談してました」
と言っていた
そして「彼(=おニィちゃん)」と対面した

とにかく頭の良い男である
ペーパーテストが云々という話ではない
オイラの訳のわからん 一般投資家が絶対に尋ねないような変化球質問にも すべて打ち返してくれる
面白くてしょうがない
このキラキラした若い才能にいっぺんで惹かれてしまった

「会社とは誰のものか?」という ホリエモンのころ流行った問いをしてみた
証券会社の社員として答えて欲しい と添えた
彼は答えた
「証券会社の社員としての正解は“株主”のもの かも知れませんが 私は“社員”のものだと思います」
そう その通りである
新自由主義のバカどもが言っている言葉(株主のもの)は正解でない
会社とは その会社に思い入れのあるヤツ 社員でありその会社の商品・サービスを愛するお客さんのものである
断じて株主なんぞのものではない(思い入れのある株主は入れてやっても良いが)
カネ よりも大切なものは 気持ち なのである

彼は順調に資金を増やしていってくれた
そして我々の最初の大失敗「インド株」との勝負に挑むことになる
ブル・ベア という商品があってな
株価が上がるか下がるかに賭けられる おニィちゃんは満を持して「下げる」に張った
インド株はとどまることを知らず ひたすら上がり続けた
「100万200万負けてもいい 手を引こう」
「いや 絶対に下がります ここでは降りられない」

負け金は1千万を超えた

普通の社員なら 顧客をひとり失うだけのことである それだけのショックで終わるだろう
ただ「一緒にやりましょう」と心から云ってくれた彼の心情を考えると不安になった

こいつ 折れてしまうんじゃないか

熱い男である 自分の判断ミスで顧客に大損させるって 自分の財産失くすより数倍きついはずだ
ここで折れずにいてくれた時に 実はオイラ勝利を確信した

オバちゃんにも相談したのだろう 
ついにインド株を手放した

彼のキラキラした才能に足りないものは ただひとつ 修羅場の経験であろうと分かった
この一年 彼に健全な「失敗の体験」を積んで貰おうと思った
彼のキラキラした才能に失敗の体験が加われば おそらくはこの才能は
1億円どころではなく 1兆円を稼ぎ出してくれるだろう

その時 彼に言ったメッセージを覚えている

   「オマエは負け方が下手だ」

上手な負け方を覚えてもらえれば この才能は無敵であろう
株なんて1勝9敗でも 勝てるヤツは勝てる


ある時 支店長さんから突然TELを受けた
担当をオバちゃんからおニィちゃんに代えさせてくれ と言う
(今まではオバちゃんのサポートとして彼はやっていた)

  彼のことは大好きで信頼しているので それは有難い話です
  しかし自分はオバちゃんに拾われた男です
  オバちゃんと話をさせてもらえなければ了解できない

果たして後ほどオバちゃんからTELがあり 彼を託す という言葉で了解した
(まぁ彼の方が役職は上なんだが)
あとで 分かった
N証券の業績評価は手数料収入のみかと思っていたら 顧客がどれだけ利益を上げたか も
あるらしい
おそらくは 彼は「自分の責任」として あの大損を引き受けたいと言ったのだろう

このおニィちゃんを勝たせてやらねばならない



市場が開いている 月~金 ほぼ毎日 彼は連絡をくれる
話が面白いのな 
世界の政治経済と日本の株がどう連動しているのか チャートの読み方はこうだ
為替はどうだ
こんな勉強は一流大学の経済学部でもさせてくれんだろう
勉強好きのオイラにはたまらない  まさしく 師匠 である


それからの我々が連戦連勝だったかと言うと・・・
勝ちも多かったが 実はトータルでどんどん落ち込んで行ったのである
・ファイスブック(ゴールドマンサックスが全世界を騙した)
・金
・ティファニー
・etc

いやいや よく負けました
オイラの望む「健全な失敗」を 彼はプライドがボロボロになったであろうが繰り返してくれた
叩かれながらもファイティングポーズを崩さずにいてくれた

  負け金額を書くと 全体像が分かるので 心無い連中がとよだ家に泥棒に入るかもしれない
  ただ 言っておく オイラの家に泥棒に入っても 最も高価なものは
  ハードオフに持って行っても価格がつかんだろう型落ちの40インチTVだけである
  隣の駐車場には下取り価格29万円と査定された愛車があるが その程度である
  とよだを誘拐しようが殺そうが カネはキミの手元には入らん仕組みになっておる
  キミの将来を考えたら 割が合わん  泥棒には入るな

が、インド株の時より更に莫大な負け金がたまったのは事実である


正月に そんなN証券やおニィちゃんを否定するような記事を書いてどうする
そうなのである
否定しようとは思わない

ある時 今年の最終目標をインド株時点まで戻そう と相談して決めた
莫大な額である 戻すべき額だけで皆さん方の年収以上と言っておこう



キラキラしたその才能は最後の最後 今年の最終日(12月28日)

ついに 

その額を達成して見せた
今年のNO.1 第4部 「手帳の高橋 名言カレンダー」
いかん 年が明けてしもうた

「あけましておめでとうブログ」を書かねばならんが なんせ今年のNO.1が終わっておらん
去年のNO.1 だとタイトルが一貫せずにおかしくなる

んんん・・・ すまん 新年早々ズルをする
ウソは大嫌いだが つかねばならん時には正々堂々 正面からウソをつく
このブログ 保存時間(=投稿時刻)を 勝手に調整できる
現在 1/1 1:17AM だが 12/31に書いたことにする
見逃してほしい


「今年の言葉大賞」を どうしても書いときたいのでな
前段として タイトルにもあるように手帳の高橋(高橋書店)の名言・格言カレンダー から
オイラの心を震わせた言葉を紹介する
無論あきらかな著作権法違反なんだろうが これはPR文なのである 高橋書店関係者の方々許して欲しい。

このカレンダー 日めくりでな 市井の一般の方々から送られた言葉が366コ 出てくる

img01_01.jpg

昨年(2011年)から 買いだした
せっかくなので2011年の素敵な言葉から

  「答えは問題よりたくさんあるもんだ」 11月18日
    仕事が忙しく次から次へと問題が発生して対応に困っていた時に大先輩に言われたひと言

  「天が開いてるやんか」 10月14日
    「もう八方ふさがりだ」と嘆いた投稿者に知人が言った一言

  「許せばいい。」 9月16日
    何度注意してもいたずらばかりする子供に父親が怒って
    「口で何べん言っても、たたいても分からんのなら お父さんは一体どうすればいいんか?」
    との問いに 涙をぽろぽろ流しながら子供が言った一言。

しかし この年 オイラがうなったBEST2はこれ

  「全部済んだ。全部楽しかった。」 8月21日
    お母様が亡くなる数日前 息子さんが「人生楽しかった?」と尋ねた時の返事
    お母様 見事である。 このような人生を送りたいものである。

  「電気カミソリを充電しておいてくれ」 9月3日
    いつもお元気だったお父様ががんを宣告された。ショックを受けているご家族に
    手術室に入る前にお父様が言われたひと言
    お父さん お見事  男だなぁ カッコ良いではないか
    ちなみに手術後 お父様は無事に手術に勝たれ ご自身でひげを剃られたそうである

う~ん 2011年分で力尽きてしまった
2012年は30コくらい 良いのがある 
眠くなったので寝る
皆さん 良いお年を
番外 「ヨイトマケの唄」
いやぁ ももクロ は良かった

美輪明宏では 不覚にも泣いてしまった

このブログを読んでいる皆さんはヨイトマケの唄なぞ知らぬであろう
オイラがガキの頃の唄だ
自転車に乗っているオヤジが口ずさんでいたのを オヤジの背中で聴いていた風景が
おぼろげな記憶の中で浮かんで 消えた


オヤジは歌詞など覚えてはいない
ひたすら「父ちゃんの為ならえーんやこーら 母ちゃんの為ならえーんやこーら」と
繰り返していた


「丸山明宏(当時の芸名)は男か女か分からんが あの人は一本筋が通っとる」
そんな訳のわからん言い訳をしていた

郷ひろみはおしめをしたままのようなガキだ と 最後まで認めなかったオヤジが
不思議に美輪明宏は認めていた


何故だか分からんが
ヨイトマケの唄を聴きながら そんな言葉を思い出した
何故だか分からんが
ポタポタと涙がおちてしまっていた


プロフィール

とよだ

Author:とよだ
いいや 
ダイエットなんぞ 始めてはいない!



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