とよだの腹
SMAP ②  「ガンバレ! 中居」
前回のブログで 「SMAPは社会の“インフラ”である」と 書いていたら
最近 いろんな人が インフラ説を口に出すようになった

おぅ 世間もやっとオイラに追随してきたか と慢心して ネットを見てみたら
何のことはない ずいぶん前に 朝井リョウ(作家:桐島部活やめるってよ の作者)の野郎が
言ってるではないか オイラがヤツに追随していただけであった
まぁ 世の中の多くの人たちが 同じ感覚を持っていたってことか 慢心を恥じよう



SMAPの会見 見たけどなぁ モヤモヤだけが残ったなぁ

一番感じたのは 「中居が可哀想だ」 である

夕刊紙などでは 公開処刑だの公開降格だの書いてあったが 読者の皆さんは「降格」させられた経験が
お有りであろうか オイラは何度もある
時の権力者とよくケンカしてたんでな 合う上司・合わない上司によって 抜擢・降格を繰り返してきた

悶々はある あるが自分が判断した道である 誰にぶつけられるわけでもない 悶々するのみである
「雌伏」の時である 花は咲かずとも根っこを伸ばすしかない


間違いなく 現在の日本のスーパースターのひとりである木村拓哉と 若手NO.1MCである中居
個性派揃いの「インフラ SMAP」であっても 彼らが2トップであることに違いない
そして二人の関係は リーダー中居とヒーロー木村でなければならない
中居を中央ではなく下手に立たせた事務所と それに恐れをなして従ったフジTVは 
大きなミスを犯したことを気づかんのか
中居を潰そうとしたことが これから先 どれほど事務所に 日本の芸能界にダメージを与えるのか 
おそらくは分かっていない 危機管理がなっていない

彼ら(事務所・芸能界)の モノサシからしたら通常のことなんだろうが
そのモノサシを超えたところにSMAPは キミたちの育て上げた「化け物」はもう行っているんだぞ
何故 それに気づかない 80を超えた老齢では無理か じゃぁ下のヤツラが言ってやらんか
まぁ今回のことも結局は「3流ゴシップ誌」文春の一年前の記事が端緒だがな


・・・と ここまで書いて ハッと気がついた

  これは ヤンキーのケンカだな

と すれば 今回のケンカ 額面通りに受け取らん方がいいか
裏にもう一本のアナザーストーリーが 流れているのかも知らん
いや あくまで 仮説であるが・・・


何故 ヤンキーのケンカ と思ったか説明する

その前に断っておく オイラ ヤンキーは嫌いじゃない
オイラだけどころか日本人の多くに ヤンキー好きの血は流れている
ヤンキーと暴力団・犯罪者集団とは違う
ヤンキーはお利口さんになりきれない集団のことを言う 
仲間を何より大切にし 彼らなりの価値観を大切にし 世間様の常識から外れたこともしてしまう
そこで叱られてクシュンとなる 反省はするが 哲学(スジ)は変えられん

アラフォーの いい大人達の謝罪会見(何に謝罪したんだ?)であれば 本来一人称は「私」である
木村は「自分たち」と言った これはOKである
香取・草彅は「僕ら」と言った この「僕ら」こそ ヤンキーのケンカの話ですよ の証左である
おまけに ヤンキー界の大姉御 工藤静香までスポーツ紙に登場するしな
メリーも田辺も ヤンキー界の大御所である

ここで ある疑問が頭をよぎる

ヤンキー界随一の「ケンカ上手」中居が なぜ ああいう会見に臨んだのかである
ここから オイラの仮説がスタートする


  中居正広は 現在の若手NO.1MCである
  彼は実に頭が良い 偏差値エリートの頭の良さではなく 別個のモノサシ上での頭の良さである

  中居が初めてMCをしたのは 「うたばん」(1996〜2010 TBS系)であったと思う
  最初は 天下を取っていた石橋貴明の サブ的存在でのアイドル起用の意味合いであった
  ただ しばらくして TBSは 中居が仕切り・石橋が暴れる という立ち位置に二人を変える
  中居の仕切り能力に気づいたからと思われる

  上手い!と思わせないほどの上手さで 中居は仕切る
  それに気づいたNHKは 間もなくして 何と「紅白」の司会に中居を抜擢する
  そこから先のMC中居の活躍は皆さんのほうがご存知であろう

  中居のどこが凄いのか ずっと分からなかった
  切れ味鋭いMCではない 油断しているうちに 知らぬ間に 中居の空気の中にみんなが漂っている
  そんなMCである

  
  やっと去年である あぁそうだったのか と肚に落ちた番組があった
  テレ朝系「ミになる図書館」である 
  そこに凡人査定のコーナーがあった 
  そこでは2枚の写真を見せ どちらが好きか をチェックしあうだけなんだが
  多数派を選べば「凡人」 少数派を選べば ヒトとは違う感性があるとかで「天才肌」となる

  劇団ひとり あたりが天才肌を積み重ねていく中で 中居は何回やっても「凡人」なのだ
  ついに キングオブ凡人 という芸能人としては有難くない称号を付けられてしまう

    「キング オブ 凡人」 これこそが中居の凄さである

  おそらくは 一般大衆の感性 モワッとした民意を 感覚的に分かってしまうのだ
  恐るべき「観客力」とでも言うか 民衆心理掌握力である


  メディアでは 面白可笑しく 中居VS木村 の対立とうたっているが 
  その手合で言えば おそらく その見立ては間違っている 二人はライバルなどではない
  立っている場所が違う
  もっと言えば 一番最初にスーパースター木村の才能に気づいたのは中居であり 
  今現在 木村の一番のファンといえば それも中居なのだ
  同い年なんでな ケンカもあるかもしらんが


それでは 仮説の内容を説明する

今回の大騒ぎ SMAPが仕掛けたわけではない
発端は明らかに 一年前の3流ゴシップ誌「文春」での メリーの飯島への叱責である
彼らは巻き込まれたに過ぎん

大騒ぎを起こして 誰が得をしたか
・文春は売上を伸ばした
・スポーツ紙は何日も連続して一面にSMAPを持ってきて部数を伸ばした
・凋落フジTVは 姑息な番宣を繰り返して 今年の最高視聴率を取れた

大きな渦に巻き込まれようとしている時 中居は何を考えたか もうここからは完全な推測であるが
「ピンチからチャンスへの転換」である

人気NO.1の座は 嵐に抜かれている 
木村は絶頂期の輝きはなく 視聴率も伸びない
SMAPが国民のインフラであることを誰よりも知っている中居は 一か八かの勝負を掛ける

・国民は いや全世界は SMAPが世界的インフラであったことに気づく
・レコチョクでは 「世界に一つだけの花」が ずっと首位を取り続けている

あの会見で 中居が考えたこと それは「完全に負けおおす」という演出である
よく考えてくれ 天才の木村と中居だけでなく あの5人は優秀な「役者」である事実を

まず 木村との対比で木村を輝かせる
中居は 公開処刑に見えるよう振る舞う 
これはメリー・ジュリー親子に対する完全な反撃であり 飯島に対する最後の恩返しである
事務所に非難が行くことくらい 十分承知していたはずだ
(証拠にBPO=放送倫理・番組向上機構 には 人権侵害だと抗議が殺到しパンクしたと聞く)

これでもう 事務所はSMAPを粗末に扱えなくなった
SMAPを粗末に扱えば扱うほど しっぺ返しでダメージは事務所の方に行く
芸能界に君臨する ヤンキー界の大御所 であれば その現実は怖いほどに分かったのではないか


ケンカ上手 中居は 会見をヤンキーのケンカの場と化すことで 全方位にスジを通しながら
その実 大反撃に出たのではないか

   あんたたちに 中居は SMAPは 潰させませんよ  

あの憔悴しきった表情は ケンカ上手の 役者・中居の 一か八かの演技であるような気がしてならない



まだ ケンカは終わっていない
見事な世論掌握力を見せつけたキミだが どんな再反撃があるかわからない

負けるなよ 中居   キミは大切な国民のインフラなのだ 消えてもらっては困る


  ガンバレ! 中居正広




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SMAP
オッサンのオイラが言えることじゃないがなぁ

  解散してはいかんよ

彼らは もうアイドルとか芸能人とかいう枠を離れ
「社会のインフラ」
なんである

決して メリーや飯島や事務所の固有財産ではない
あえてもっと言えば 彼ら自身のものでもない

頑張ってきたからなぁ 
彼らの才能と努力が インフラ の域にまで SMAPを持ってきちまった
日常生活に彼らがいないと 悲しむヤツらが山ほどいようが

個別活動でもいいけどなぁ
SMAPっていう「箱」を壊す権利は もう誰にも無くなっちまったんだよ

あと数十年経って 一人死に 二人死に 最後の一人が亡くなって
「箱」が消滅するまで もう誰も その箱を壊すことをしちゃならんと思うよ

離れてもいいけどなぁ
箱だけは壊さんで 気が向いたら集合できるようにいていて欲しいなぁ


いや オッサンが言えることじゃないけどな
ベッキー
文藝春秋社は 大正年間 菊池寛によって創立された

日本を代表する「言葉の運び手」とでも称しようか
 
芥川賞や直木賞を創設し才能を世に紹介したり
オイラが敬愛する田中角栄には ペンの力で立ち向かったり
学生時代から 文春文庫にはえらく世話になったりな

言葉好きのオイラにとって 彼らの存在は 敬愛に値するものだった
特に 糸井重里の「萬流コピー塾」掲載時の週刊文春は 他の記事も含め輝いていた

  ただ近年 オイラは彼らを紹介する時 必ず ある枕詞 を付ける
  
   「 3流ゴシップ誌 」  で ある

東スポが愛されているのは 彼らが必ずウソをつく という認知で容認されているからである
アサヒ芸能や週刊実話が読まれているのは 彼らは下品な雑誌だ と認知・容認されているからである

「上品」の仮面を被った文春が 「さぁ皆さん 次はこいつを虐めましょうや」と 
ゲスの極みのような記事を書くのが 許せんのだ  
ゴシップ誌の風上にも置けんヤツらである
書くんなら さぁ我々は下品な雑誌です と宣言してから書けや

  
  ベッキーが 非難・擁護の嵐の真っ只中に入る

別にオイラ この子のことを好きでも嫌いでもない
ただ この子が 長い間 多くの人々に笑顔を届けて来てくれたことは間違いない
男と女の問題で言えば 明らかに悪いのは川谷の方である

でもなぁ 俺たちに彼らを非難する資格ってあるんだろうかなぁ
唯一 非難していいのは 川谷の奥さんくらいじゃないのか

ベッキーの笑顔と 川谷の音楽に 我々はかなりの恩恵を受けてきたのではないか

  ベッキーはきつかったろうな
  あの明るく元気なベッキーが ベッキーの100であるはずはない
  暗くて弱いベッキーもいて そんな全ベッキーがフル回転しながら 明るいベッキーを
  みんなの前に届けていたんだろうし
  盟友だった 上戸彩 は もう傍には居ないし 背中を追うハーフタレントは有象無象いる
  年齢的にも元気だけでは辛い
  そんな時 川谷が現れて 彼に救いを求めても それが何が悪いと思う

  川谷もそうである
  才能に道徳を求めてどうする 太宰だって三島だって川端だって ヘンなヤツらなんである
  聖人君子でないからこそ ココロが動いて 作品が生まれるのである
  ベッキーという 超ド級のタマが目の前に現れた 彼の音楽にこれ以上の刺激はあろうや
  その音楽に恩恵を受けてきた我々は共犯者なのである 彼を非難することは出来ぬ


  唯一 怒っていいのは 川谷の奥さんだけなのである
  男と女の問題に 部外者がしゃしゃり込んではならない


ベッキーはいい機会だ 休んでいいんじゃないか
川谷は まさしく「ゲスの極み」な野郎として そんな音楽を極めればいいんじゃないか


ただ 売らんがな の文春と 視聴率欲しさのメディアに問いたい

もし 「ベッキーの笑顔」と「川谷の音楽」を潰してしまうことになったら
その恩恵を受けてきた顧客たる我々に 

  キミたちは どう責任をとってくれるのかね
2015 今年のNO.1  第2部 各部門賞 その④
さてさて 急がねば 「言葉大賞」まで たどり着かぬ
一気に各部門賞を進めることにする


     【 新 人 賞 】

 
  「秋篠宮佳子ちゃん」


おいおい ちょっと待て 皇族の佳子さまを こんな下品なブログに出すとは何事だ
それに 「~ちゃん」とは何だ  「〜さま」と敬称を付けんかい このバチ当たりが
不敬罪でとっ捕まえてやる

・・・と 多くの皆様から 一斉にブーイングの嵐が沸き起こりそうだな 怖いな
でもなぁ 今の若い人は知らんだろうが 皇后さまだって ご成婚時「ミッチー」と呼ばれてたんだぞ
いつから「さま」つけにしなきゃいかん って なっちまったんだ

あんなピカピカ光った可愛い女の子に「さま」なんてつけたら 遠くなっちまう
天皇陛下が「国民の象徴」なら 皇族の方々も「象徴のご家族」なんだ 我々平民の心の一部である
年下の可愛い心の一部に さま なんてバリアーはってどうする
(いや オイラ 断っとくが 右翼でも左翼でもないぞ そこらへんの下品なオヤジに過ぎん)

いやね 国際基督教大学の入学式のニュースを見てて その満開のサクラと佳子ちゃんのピカピカに
嬉しくなってなぁ ついつい その午後 あの辺りに花見に行ってしまったのだ

ん? 佳子ちゃんは成人したのか 成人した女性に「ちゃん」は失礼か 「さん」にするか
「さん」も遠いなぁ 呼び捨てが良いか 信長だって龍馬だって角栄だって 偉人は全部呼び捨てだ
迷ってみるか

彼女のピカピカが 今年もますます 国民の心に一服の灯りを ワクワク感を抱かせてくれることを祈っている



いや これだけ行数を取ったが「新人賞」は彼女ではない 準大賞である
「一瞬の煌き」という要素において 今 この瞬間しか出せぬであろう輝きを放った子がいる


  「広瀬すず」


さいたま新都心にある コクーンシティ 
彼女はそこの 初代市長 に就任したやらで 春先やたらにTVで「コクーンシティに来い!」と
指示を出しまくりやがった
仕方なかろう 広瀬すずが「来い!」と言うのだ 行かねばなるまい

売れすぎたのでな 「生意気だ」やら ネガティブ記事も散見されたがな
勘違いしてはならぬ 彼女はまだガキなのだ ガキがガキらしい素直な気持ちを口にしたに過ぎぬ
今年以降 輝きの色は変わってくるだろう 
だが去年の あの瞬間の煌きは稀有なものだった それを薄汚れた大人達が曇らせてはならん

2015年の新人賞は 2015年の広瀬すずに進呈したい



2016年はなぁ 「清野菜名」「桜井日奈子」に期待しているがなぁ

ん 知らぬか すまん オイラもよく知らん
ただ Youtubeで見た 清野の回し蹴りは 現在の全世界で一番美しい回し蹴りであった 身体能力ハンパない
清純派より アクション女優で化けるかもしらん 
桜井は まだまだ基礎がなかろうから どう出てくるか分からんが とにかく単純に「カワイイ」

 ( ※ 清野菜名は ソフトバンクのCM キャンバス編 で 「◯◯クン気に入ると思うわよぉ」とか
     無責任な会話をされてるところに 現れる女の子
     桜井日菜子は「白猫プロジェクト」と「いい部屋ネット」のCMに出てくる女の子 )

ん? オンナばかりじゃないか って?
当たり前だ オイラはオッサンである 女の子の方が可愛いに決まっておる



  【 本 部門 】


過去の大賞は以下

  2011年 「人生がときめく片づけの魔法」 近藤麻理恵 著  サンマーク出版

  この本は もはや自己啓発書とは言えぬ あえて言えば 哲学書か宗教書 の域に達した本ではないか

  2012年 「オートマチック システム」 山本浩司 著 早稲田経営出版/Wセミナー

  司法書士試験の受験参考書 明らかに従前の参考書に革命を起こした本である

  2013年 「 『ついていきたい』 と思わせるリーダーになる51の考え方 」 岩田松雄 著 サンマーク出版
  
  とあるスタバのネエちゃんの 神接客に感動してな 
  サービスと感じさせないほどのサービス これぞ究極の接客と打ち震えた
  店を出て 本屋に行ったら スタバの元CEOたる岩田氏のこの本が並んでいた 
  ほぅ なるほど  スタバが勝ち続けているのは この思想によるものか

  2014年 「大人の教養」 池上彰 著  NHK出版

  人生において 勝ち抜く・生き抜くための最強の武器は「教養」である
  その入門書として うってつけの一冊である




2015年は 「古典を読もう」キャンペーンを ひとりでやっておってな
THE古典! たる 宗教書・哲学書を読みふけってみた

旧約・新約の聖書から コーラン 仏教 と読み進んでも なにかしっくりこない
やはり宗教とは その時代の その地域の方々を救うために発展してきたものなんだろうなぁ
・・・と 思っていたら しっくりくるものを発見した 「論語」である

論語から 孫子・韓非子・老荘あたりに進んだが なかなか面白い
また 論語からは 渋沢栄一翁 にもたどり着いた  このおっちゃん いいなぁ


   いや 今年の本大賞は論語でいいのである 特に渋沢さんの 「論語と算盤」 は名著だ

しかし 論語にのめり込んでいる時に 思わぬ伏兵に出くわしてしまった

   「 菜 根 譚 」

論語や聖書が2000年も前の書物なら 菜根譚は近代の本である
論語や仏教や中国古典を参照に 混ぜ込んだような書物である

リーダーになったような人は 一度目を通してみたら 実に参考になるぞ
人生とは 人間とは  思わずハッとして 「なるほど そうだよなぁ」と腑に落ちることが書いてある

きっちり読むのなら 守屋洋 の解説本をお奨めする

菜根譚



しかし 今年の「本 大賞」は 守屋洋の菜根譚ではない

難しい本をいろいろ読んでみたが 人間界の真理とは もっと簡素なシンプルなものではないか
学力 読解力のある連中だけしか 読み解けない本が 真理 とは言い難い
池上彰やマツコデラックスのように 万人に通じる言葉にこそ 真理は宿るのではないか

そんな思いにさせられた本がこれである

皆さんからは バカにされるかもしれないが  小難しい本を大量に読み漁ってみたオイラが
最後に行きついた本である
哲学書の最高峰と位置付けて良いと 唸らさせられた この本に 2015年 本 大賞 を贈呈する








   みんなの たあ坊の 菜根譚




   菜根譚

2015 今年のNO.1  第2部 各部門賞 その③「言葉の使い手 大賞」
気がついたら年が明け 結局 「2015 今年のNO.1」は 2015中に完成できなかった
相変わらずいい加減な性格は治っておらぬ
まぁしょうがない そんな性格で58年間生きてきたのだ もう治らんだろう 許して欲しい

加えて 年賀状を下さった皆様
ご存知のように 会社人の頃から オイラ一通の年賀状も返信も出しておらぬ
合わせて 賀状の御礼と 不義理のお詫びを申し上げる

故に この場を借りて 心をこめて それらの方々・読者の方々に 寿ぎを申し上げる

  あけましておめでとうございます
  皆様が元気で 皆様にとって「ココロに残る一年に」なりますように 祈念しております
  良き一年をね




さて 前々回予告したように 「言葉の使い手 大賞」を 発表する

    マツコ・デラックス

彼女の凄さを マジマジと感じさせられた一年だったのでな
明石家さんまや池上彰を超えた と 考えざるを得なかった理由を述べていく

基本データとして 現時点でのレギュラー番組を列挙する

  月曜日 「5時に夢中」(TOKYO MX)
      「月曜から夜ふかし」(日本テレビ)
  火曜日 「マツコの知らない世界」(TBS)
  水曜日 「ホンマでっか!? TV」 (フジテレビ)
      「マツコ&有吉の怒り新党」(テレビ朝日)
  木曜日 「アウト×デラックス」 (フジテレビ)
  金曜日(木曜深夜) 「夜の巷を徘徊する」(テレビ朝日)
  土曜日 「マツコ会議」 (日本テレビ)


現在の日本における 最強MC である明石家さんまと比較する

さんまは 言葉の反射神経が凄い
相手が素人であろうと芸能人であろうと はたまた学者先生であろうと
相手の言動を拾って すべて「笑い」に転化させることができる稀有な才能の持ち主である
MCで出ようが ゲストで出ようが 
彼が出てきた瞬間から そこは すべて「さんまワールド」と化す
その時間・空間を支配してしまうのだ 恐るべきモンスターである

マツコはどうか

さんまが すべてを「さんま色」に染め上げるのに対し
マツコは自在に色を変える

「5時に夢中」では コメンテーターである
「ホンマでっか」では さんまに対する ひな壇 となる
「怒り新党」では ダブルMC である 有吉と役割分担しながら進める
「マツコの知らない世界」では 専門家に対する聞き手になる
「夜の巷を徘徊する」では 初対面の一般人と全く同じ視座に身を置いてみせる

番組を成立させるMC手法にには いくつかあるが さんまが一色で攻めまくるのに対し
マツコは 全てに色を変えて進めてみせる
さんまと違う意味で 凄い


池上彰と比較する

彼は 現代日本人の「教養」の象徴のような人物である
実に幅広い知識・教養をお持ちである

1を説明する時 必ず そのバックヤードに100の知識を用意されている
学者先生や 政治家・知識人から ジジ・ババ ガキに至るまで
全員に通じる言葉を100のうちからチョイスして 1を話している
この人には敵わない

無論 マツコにしても 政治経済・国際問題など 真面目な話では足下にも及ばないだろう

しかし それは 「池上彰の話を聞きに来た」人に対する部分である
例えば 居酒屋で酔っ払ったオッサンや たむろするヤンキーやギャルたちと 会話が成立するとは
思えない 
さんまのように例えれば「池上ワールド」へようこそ の世界なのだ

マツコであれば・・・  おそらくは 酔っぱらいであろうがヤンキーであろうが会話を成立させるだろう

人間社会というところは 決して「明」・「陽」・「清」と言ったオーバーグラウンドの部分だけでなく
ダメなところや 煩悩や 弱者や といった「暗」・「陰」・「濁」のアンダーグラウンドの部分も含めて 成立している
「陰」「陽」や「清」「濁」併せた 教養  という面では マツコはもう池上彰をすら超えているのではないか


ど真ん中に「さんま一色」の豪速球を投げ込んで三振を取るのがさんまなら
限られたピンポイントのストライクゾーンに投げ込むコントロール抜群の投手が池上である
マツコは 球場全体をストライクゾーンに変えて どこに投げてもストライクが取れる化け物である
(もしくは 試合を完全に差配する名キャッチャーなのかもしれない)


2015 3月のタレントイメージ調査で マツコはついに首位に立ったそうである
メディア露出当時は 怪しい巨大なオカマ というアングラの極致に居たような彼女が
何故 全国民を抱き込み「容認」させてしまったのか


異論はあろうが オイラ 「あぁそうか」と思った瞬間があった
街角の一般人や ゲストの専門家がマツコを見てよく口にするひと言がある
「マツコさんと会ってみたかった」「マツコさんと話してみたかった」 である

マツコは相手かまわず斬りまくっているように見えるが その実 決して相手を殺さない

斬る前に必ずやる作業がある  それは

   ひたすら 真摯に 相手の話を聴く

で ある

相手を受容するために 相手の目を見ながら 一生懸命マツコは相手の話を聴く
莫大な許容量 愛情の量があるんだろうな 母性の塊のような御仁かもしれぬ
そして 相手を受け止めて 一番おいしくなるように 相手を斬るのである 


又吉が芥川賞を取れたのは 間違いなく 莫大な読書量の蓄積によるものである
そして マツコがイメージ1位を取れたのは 間違いなく 
彼女が 多くの市井の方々の「陰」を含めた言葉を聴いてきた蓄積によるものである



マツコが疲れきるまで 今しばらく「マツコの時代」は 続くのではなかろうか

 






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ダイエットなんぞ 始めてはいない!



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