とよだの腹
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文章を書き出した頃
北杜夫さんの訃報を聞いちまったんでなぁ
やっぱりオイラが文章書き出したのは「どくとるマンボウ航海記・青春記」に触発されたからだからなぁ



小学校の作文大会で<冤罪の死刑囚が真犯人をかばって死ぬ>小説を書いて 先生方から驚かれたり
中1の時 <学生紛争モノ>書いて親が呼び出し食らったりしていた

(親は「まぁ そういうこと書きたい年頃なんでしょう 普段は普通の子ですから大丈夫ですよ」と
 先生を説得して帰ってきたらしい が、帰ってきた親からは「内容はともかく ウケない文章書くな」と
 叱られた)

しかたない 真面目路線に変更して旺文社の論文(確か米国短期留学を決める論文だったと思う)に挑戦して
熊本代表で東京に行った 
別に海外なんぞ行く気はない では何故応募したのか 最終選考会が東京であったからだ
東京に行くのは初めてでなぁ 嬉しくってなぁ 親が行きたがったので一緒に連れて行った

別に日本代表になる気なかったんで 全体説明会の時
「皆さんは英語好きですか?」の問いに全員が手をあげる中 最前列で腕組みをしておった
「英語嫌いな人?」の問いに一人だけ勢い良く手を挙げて失笑を買ったのを覚えている
隣に座った東京代表の女の子が可愛くってなぁ 小声で「ダメよ英語好きって言わなくっちゃ」と言ってくれて
ポワ~ンとなったのを覚えている
後ろの席で親がアチャ~という表情になっていたのは後で聞いた

当然あっさり落ちて帰ったのだが 学校で待ってたクラスメイト達から「とよだを落とすのは許せん」と
言ってもらってなぁ 海外に行きたくなかったとも言えずに「隣の子が可愛すぎた」と説明したら
なるほど! と皆納得してくれた
親は「旺文社のカネで東京旅行が出来た」と喜んでくれた
そのとき見た東京は 田舎の熊本とは比較にならない大都会でなぁ
「大学は東京に行こう」(いやその頃は“東大”に行こう)と中1で決意した

中2、中3の作文大会は以前書いたように真面目路線だったが 陰では原稿用紙100枚の恋愛モノを書いて
闇ルートで出回ったそれは圧倒的な支持を同級生から受けていた

高校に入ってからは 学校のプールで実在の教師を一人ずつ殺していくミステリーを授業中に書いて回したら
回る先で そのノートにどんどん続きが書き込まれて大河ドラマになっちまった
(授業中そのノートを発見し没収した教師が しばし授業を止め読みふけってしまったとのオチがつくくらい
 面白かったんだけどなぁ 最後ノートどこ行ったんだろう)





  

・・・いや オイラの話ではない

(だいたい 過去の栄光を自慢する年寄りほど手に負えんものはない)

すべて「裏とよだ」の実話である


  裏とよだ は早熟の天才だったんだと思う
  ガキの頃の知能指数ってあてにならんがなぁ ゲーテ並みに高かった
  鼻持ちならんガキだったと思う

いつの頃からか そんな嫌なヤツは世の中の役にたたんと覚醒した (素晴しい友人たちのおかげだと思う)

  何が一番幸福か
  周囲の方々・世の中の方々から崇められる地位と名誉やカネを手に入れることか
  いやぁ違うなぁ
  好きな人達を笑顔に出来ることが 実は結局一番幸福なんじゃなかろうか

どうも天才の発想って よく分からんことが多いんだが
裏とよだは 何かそこらへんに気づいて引っ込むことにしたらしい
「凡庸の輩」の典型のような「表とよだ」に主導権を完全に委譲した
「表とよだ」の「人間が好きで好きでたまらない」っていう これもまた異常な性格が気に入ったようだ


どっちが良かったんだろうなぁ

ただ オイラ(=表とよだ)が家族を持つことを諦めて 
人生の最後くらい 天岩戸に引っ込んだ裏とよだと付き添って生きてやろうと思ったのが
退職の一番の理由だった



分からんだろう すまない
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