とよだの腹
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大先輩  逝く
地井武男さんが亡くなった時 
あの「ちい散歩」こそ 地井武男という完成された人格の作り上げた代表作である
と 追悼ブログを書いた
 (2012.06.29付 「地井さん・・・」 )

地井さんの市井の方々との接し方は見事であった
相手が気難しい職人さんであろうと ガキンチョであろうと
また バァさんであろうと妙齢の女性であろうと
常に相手と同じ視座で会話をされていた

印象的なシーンがある
散歩の途中 中学生の部活のテニスを見かけた地井さんは中に入っていく
ひとしきり彼らとテニスに興じたあと 立ち去るときに地井さんは ふっと立ち止まり
コートと彼ら(中学生)に 深々と頭を下げられたのである

その所作は(カメラが回っているからではなく)とっても自然な所作であった


ふっと渡哲也の話を思い出した
彼は裕次郎亡き後 石原プロを存続させるため日銭の稼げるTVに出続ける
映画を主戦場にしていれば おそらく数多くの賞を獲っていたであろうに
石原プロの社長として 裕次郎に殉じ続けるのである

何故か
渡は裕次郎との出会いの時を振り返って語る
新人で初めての映画に出るとき 既に大スターでありその映画の座長であった裕次郎に
渡は挨拶に出向く
部屋に入ると 渡の姿を視認した裕次郎はスッと立ち上がり
格下でペーペーの渡より先に頭を下げ
「石原です よろしくお願いします」と礼を尽くされたそうである

その一瞬で渡は石原裕次郎の男の器量に魅了され 以後裕次郎に殉じ現在に至る


地井武男もまた裕次郎と共演してきた男である
二人の間にどのような会話があったか知らぬが 
地井さんのあの完成された人格の一端に裕次郎の器量の影響があったであろうことは
想像に難くない


タイトルに戻る

高倉健と石原裕次郎は ほとんど同じ時期 東映と日活の大スターとして人気を博す
共演映画があったかは知らぬが 親交はあったそうである
年齢は高倉健の方が若干上である

その裕次郎の器量に影響を与えたのは高倉健ではなかったか

上記した方々やビートたけし 「器量」を感じさせてくれる男たちの器量のルーツは
高倉健であるような気がする



高倉健にまつわる逸話は事欠かない
曰く
撮影中は椅子に座らない 
どんなに寒くとも他の共演者・スタッフが仕事をしている時には 火に当たらない
撮影時に世話になった定食屋のバァちゃんにも心を配る
年齢や男女や地位などに関係なく全ての関係者に気配りをする


訃報に接し ある役者が 「神のような存在でした」とコメントしていた
なるほど神かも知らん
ただオイラは別の表現を使う
「本物の大人の男」
それこそが 高倉健の83年間ではなかったか


高倉健は 
九州の片田舎から上京して明治大学を卒業した大先輩である
いや
九州の男の大先輩である
いや
男の大先輩である

見上げて 絶対に追いつけないほどの 本物の男 の背中を見せていただける方である
安心して その器量を目指していける大先輩である


心よりのご冥福をお祈り申し上げます

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://to06002.blog129.fc2.com/tb.php/392-0ea2abc6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

とよだ

Author:とよだ
いいや 
ダイエットなんぞ 始めてはいない!



来訪者



最新記事



カテゴリ



最新コメント



月別アーカイブ



リンク

このブログをリンクに追加する



最新トラックバック



フリーエリア



検索フォーム





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。