とよだの腹
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宗教について (その5) 「論語」
世界の3大宗教ってご存知か
キリスト教(20億人)・イスラム教(12億人)・仏教(3.6億人) だそうだ

  いや 信者数からだけ言うと ヒンドゥー教(8億人)の方が多いそうだがな
  この信者数ってヤツも よう分からん
  日本でも 仏教各宗派+神道とか足すと 軽く総人口を上回るしな

  おまけに ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の言う神様って 全部同じ方だそうだし
  キリスト教なら カトリックやプロテスタントや正教会
  イスラム教なら シーア派やスンニ派  
  仏教に至っては 覚えるのが大変なくらい宗派があるしな

まぁ 地球上の人類には それだけ多様な価値観がある ってことだろう

それぞれの時代 それぞれの土地 それぞれの環境下において
頭の良くなりすぎた人類が 精神の救済を求めて発生させてきたんだろうなぁ
いや 神様がそう導いてくれたのかも知らん


オイラ 神様 っちゅうのは おられると思っている
ただ 神様が運命を決めるなんて思っておらん

   「自分の運命(人生)の決断者は自分でなければならん」

そう 強く思っている


 だいたい 70億も人間はおるんだ 
 その一人ひとりの運命を決めてもらおうなんて面倒なこと 畏れ多かろうが
 それにな 有史以来 戦争の絶えたことなんて一度もない
 それも神様が決めたことなら そりゃ神様 あんた「悪」だわ
 神様を信じんから 戦さが起きるんだ とか そんな狭量なことでどうする

 分かっておる こんな罪深い発言をしてるとバチが当たるのであろう
 しょうがない バチは甘受する 
 ここまで57年間 結構楽しい人生を歩ませてもらったんでな
 悲惨な死に方をするかもしらんが 人生の収支決算ではプラスだろう


神様は運命を決める方ではなく 幸福になるためのレクチャーをしてくれる方なんだろう
だから 預言者(予言者ではないぞ)と呼ばれる方々が その言葉を伝えてくれるのだろう
その思いで 聖典を読んでみた

  昔っから 人生を全うするにあたって 自分なりの信念・哲学が必要だと考えてきた
  自分の憲法と呼んでも良かろうか 「スジ」 筋を通した生き方をしたかった

  おそらくは その哲学は人類の先輩たちが培ってきたものに影響されていようし
  57年間出会ってきた方々に影響されているもの 教わってきたものだと考えた

  そのルーツはどこにあるんだろう

聖書・コーラン 素晴らしいことは随所に書いてあるのだが どこかピンとこない

なら仏教か?

  ただなぁ 仏教の基本的な教えは「煩悩からの脱却」なんである
  煩悩があるから人間は苦しむ 悟りを開いて煩悩を消し去れ と おっしゃる

  オイラの基本的な考えは「煩悩の容認」である
  立川談志の言う「落語とは人間の業の肯定である」に近い

  煩悩こそが人生の醍醐味であり 人類をここまで発展させてきた原動力だと思う
  モテたいと思ってミュージシャンになり素晴らしい楽曲を創出してくれたり
  カネが欲しいと思って大事業を起こしたり 尊敬されたくって政治家になったり
  知りたいと思って大発見したり・・・  
  
  失敗があるから成功がある 失恋があるから恋の成就に悦びを覚える
  我々が今ここにいるのは この女を抱きたい・この男に抱かれたい という
  まさしく 煩悩の成果ではないか




さてさて 長い連載になってしまったが やっと「宗教について」の本論に入る



仏教でもないか と思っていたら ある本を読んでいて あぁこれか と感じた

  「論語」である

論語 すなわち孔子の教えが宗教かどうか分からん
儒教といえば宗教だろうし 儒学といえば哲学なんだろう
論語も「身を律しなさい」って書いてるから オイラの自堕落な煩悩容認論とは相反するかもしらんが

学生時代・社会人時代含めて 人間社会で数多くの失敗や成功をしてきたがな
それぞれの事例を論語を通じて見てみると「そうだよなぁ」と共感できる部分が多いのだ


渋沢栄一翁をご存知か
日本史の近現代で聞いたことがあろうが 近代日本の経済の創始者である
(JRや東電や帝国ホテルやサッポロビールや一橋大学や日経や聖路加病院やみずほ銀行や・・・
 明治に出来た企業を殆ど作り出したオッサンである)

このオッサンの著作面での代表作が「論語と算盤(そろばん)」である
いや この本が凄かった ほぅ! の連発である
このオッサンを通じて読む論語の世界が ひとつひとつストンと腹に落ちるのである

論語と算盤 以外にも論語について書いてくれておってな
その中に 西洋思想と東洋思想の違いについて書いてあった
曰く
西洋は「善いと思ったことは他人にも勧めてやらせろ」であり
東洋は「己の欲せざるところは他人に施すな」である
ほぅ面白い 両面からの善行の手段である 正論である

両方とも正論ならなんで西洋にピンとこないのか

ある時 西洋から来たビジネスの講師の方が
「自分がしてほしいと思ったことを相手にもしてあげなさい」
と仰っていた

危険だと思った

前提が必要なのだ
「自分がしてほしいと思ってることを 相手もしてほしいと思っているとは限らない」
その意識がなければ 価値観の押し付けになってしまう

可愛い子がいた キスしてほしい と思ったからキスしてあげました
そんなこと突然したら 横っ面引っ叩かれるか暴行罪でしょっぴかれて終わりである

好きな娘がいたら まず相手を理解しようと務めるのが最初だろうや
つまり 価値観の押し付けの前に価値観の理解・容認が必要だと思う
まぁ異性の考えなんて永久に理解し合えるもんじゃないが 少なくとも努力をして
その上で行使に及ぶ それが他人様に対する礼儀ではないか

シー・シェパードという団体がいる
クジラは可愛いから大事にしましょうね てなヤツだ
ヤツらからしたら 日本なんて価値観に背くとんでもない野蛮国である
だから正義として捕鯨を止めさせねばならない・・・
違和感あるだろ

反論多かろうが 嫌煙運動もなぁ
タバコは健康に害がある 絶対悪である だから正義の御旗を立てて絶煙運動をする
おいおい 何千年も続く人類の嗜好品を絶対悪にするなよ
嫌煙者の迷惑がかからんように分煙するからさぁ
喫煙者を犯罪者扱いせんでくれよぉ

宗教戦争もなぁ この宗教信じんヤツは悪魔である ポアしなければ・・・ だからなぁ

価値観の押しつけって危険なんだよ
排他主義に陥りやすい
「ナショナリズム」ってヤツも 「違う価値観の容認」がなければ危なっかしくって仕方ない
ヘイトスピーチなんていい例だ

オイラ 東洋人で生きてきたんでなぁ
おそらくは 東洋思想の方にシンパシーを感じるだけなのかもしらんが・・・




長くなりすぎた
次回 最終回とし 論語から入って どんな本を読み漁ったのか 述べる
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